【弐寺論】「スコア力とクリア力は完全に相関がない」とは限らない

弐寺はクリア力、つまり地力とスコア力は関係がないと唱えるプレイヤーが少なくありません。実際、それは概ね間違いないと俺も思っていて、全白取るまでは実際とにかく自分ができるかどうかギリギリくらいの曲をどんどん回していくべきだと思っています。

しかし、かといってスコア力が皆無なのと、多少はあるのでは、クリア力にも大きな差が出ると思っています。

ここでの「多少」は十段取っている人がFly aboveやCROSSROAD、典型的な版権曲譜面(怪物や新時代のような八分主体の譜面)でAAAが出せる程度を指します。

まず、ここでのクリア力は「難所を捌く能力」ではなく「EXH以下のクリアランプを付ける、段位抜けする」というものを指します。自分が同意しているのは前者です。

実際の例で言えば、中伝がFly aboveでMAXを出したとしても、冥の加速地帯をつなげるようになることはありえないというのは自明でしょう。しかし、局所難な楽曲で90%で発狂突入するのと40%しか残っていないのでは、心持ちが全然違うのはいうまでもありません。

特にHARDまでなら、まずは難所を捌くよりもそこに残るゲージを増やす方が明確です。俺の経験でいうと、中伝のp†pを抜けるために挑戦していましたが、何度やっても残るゲージはせいぜい30%が限界で、ラストノーツが何度もみえていたにも関わらずその後塵を拝していました。ところが、合格した回では発狂まで一度も補正に入らず、発狂にも60%以上残して突入し、そのままゲージを使い切るように合格しました。ラス発狂のみならこれよりもっと上手かった回もありましたが、合格したならそれはもう些細な問題です。

このように、スコア力はクリア力と相関があると言い切れないものの、あと一歩の後押しをしてくれることは間違いないでしょう。

そのため、正しく書き換えるとするならば「スコア力はランプ力を後押しする」といったところでしょうか。